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※未来捏造(ゲーム終了後約十年)です。
 歴史に従って斎藤さんは藤田五郎と名を改めてます。
 設定その他に関す注意書きその他は
 →「予告:斎藤×千鶴(未来捏造)」をご覧下さいませ。




よろしければ、右下のタイトルよりお進みください///


明治九年十月。
朝餉の支度をしている土間は、竈(かまど)の煙よりも鉄瓶や鍋から出た湯気にかすんでいる。斗南よりは遙かに暖かいとはいえ、秋の朝の冷えた空気に、私は両手をすりあわせた。

政府の命で東京に移った会津様の護衛のために五郎さんが斗南を出て、もう二年になる。
会津様は東京にいらしてから四年、かな。もちろん五郎さんは会津様の東京行きに最初からご一緒するつもりだったのだけど、その頃に一度羅刹の発作があって時期を見合わせたのだ。それはもう本当にしばらくぶりの発作で、しかも薬で簡単におさまる程度のごく軽いものだったけれども、私が無理を言って大事をとってもらった。北の水は確実に、彼を蝕んだ毒を癒してくれていた。
(本当は、今でも私の胸の奧に不安は巣くったままだけど。)
そして会津様に遅れること二年。もう大丈夫だろうと見切りをつけた五郎さんは上京し、会津様の護衛に就いて──。
私たちは正式に祝言を挙げた。

つい緩んでしまう頬を赦しながら、私は土間から居間に上がり朝餉の膳を整えはじめた。白米、香の物、焼いた魚に煮込んだ根菜。竈にはまだ、お味噌汁が温められている。会津で新政府軍に降伏し、謹慎処分を受けていた頃に比べると──まるでお大尽(だいじん)の膳のよう。
でも、今朝は特別なのです。
今日は五郎さんの新しい門出の日。
今日から彼は、できたばかりの、東京警視本署に奉職するのです。

今年の三月、廃刀令と共に武士の時代は本当に終わりを告げた。藩改め府県からの俸禄も出なくなり、多くの武士は「武士」という職業を、地位を、拠って立つものを一斉に失ったのだ。
斗南藩士として会津様のお屋敷を警護していた五郎さんも例外ではなく、細々と続いていた斗南県からの俸禄が途絶えることになった。しばらくは私が根性で貯めていた蓄えで何とかなったのだけれど、それも尽きかけて斗南に帰ることを検討していた頃。
東京の治安を守る警察組織が改編され新しく置かれた東京警視本署に、会津藩若年寄でいらした佐川様が警視としてお勤めになることとなり、五郎さんを是非にと誘ってくださったのだ。
会津様を直接お守りすることは出来なくなるけれども、会津様がいらっしゃる東京を守るお仕事。
五郎さんは迷うことなく佐川様のお誘いを受けた。

さて、そろそろ五郎さんを呼んで来なきゃ。
二つの膳の上にそれぞれ箸を置いて、私は居間の障子に手をかける。この向こうには縁側があって、大きくはないけれども我が家の庭に続いている。その庭で瞑想するのが、五郎さんの日課なのだ。
瞑想といっても、庭木の下に佇んでいることもあれば、居合いの型を取っていることも、縁側に正座していることもある。でもあれは瞑想だと思う。
刻々と変わっていく社会の中で、目を閉じて、変わらないものを見据えようとしているんだと思う。
何をしているんですかと尋ねたことはないから推測に過ぎないのだけど。
今朝は物音がしないから縁側に座っているのかなーと思いながら右手でするすると障子を開いて──。
がたり、と、私は障子の桟(さん)を鳴らしてしまった。

昇り初(そ)めた透明な朝日が降る庭に、久しぶりの洋装に身を包んだ五郎さんが立っていた。

上下とも黒の制服。
黒い生地の袴(こ)には、側章の白い二本線が鮮やかで。
例えば原田さんとかに比べれば小柄と言える彼の立ち姿をすらりと見せている。
最近の洋装では脇差は下げないのに習ってか、帯剣は一本。丁度小さな音を立てて刀を鞘に収めたところだったので、今朝は型の稽古をしていたのかも知れない。
大きく角張った袖口から白い手袋を纏った指先が庭木に伸びて、枝に掛かった、これも白い側線の入っている帽子を掬い上げた。日射しに向け翳すようにしながら浅く被る。
そして彼は振り返った。

「どうした、千鶴」

──どうしたもこうしたも無いんですけど。
膝から力が抜けてしまいそうで、泳いでいたもう一方の手も桟に添え、障子にすがりつくようにして身体を支える。
そうか、そうなんだ。
──骨抜きって、こういうことを言うんだ……。
耳が赤くなっていくのを自覚しながらも、私は彼から目が離せなかった。
生真面目な程に濁りなく黒く、真っ直ぐな意匠の多い制服は、彼にとても良く似合っていた。

こちらを向いた五郎さんが帽子の影からふと笑みを零した。
私はますます赤面する。さっきまで冷え切っていた手にはいつのまにか汗が滲んで桟が滑った。身体までが熱い。
五郎さんは僅かに口元に笑みを乗せたまま、私を眺めている。あの微笑みは、絶対分かっている。
私が彼に見惚れていたことも、羞恥に身を熱くしていることも、愛しさを募らせていることも。
名字ではなく名前で呼ぶようになった頃から、ごく稀にだけれど、こういう場面に出くわすようになった。何かの瞬間に私の想いを私の瞳の内に見つけて──彼は微笑むのだ。
その笑顔は絶対、ずるい。
絶対、勝てない。
私は早々に降参して、赤い顔を両手で覆った。いまさら動揺を隠しようもなく、震えた声で本来の目的を果たす。
「あさ……げの、支度が…できましたから、居間にいらしてくださいね」
顔を覆ったまま俯いて大きく大きく深呼吸を三回。それでも火照った頬はおさまりやしない。
やだなあ、もう、と口の中で呟きながら右手を下ろし、左の手のひらを一杯に拡げて頬を押さえつつ踵を返そうとして──
五郎さんの、左腕に、捕まえられた。
抱えるように、閉じこめるように身体に回される左腕。
静かに耳元に降ってくる、声。
「視界を遮ったまま歩くな。足下が危うくなる」
「あ……」
冷静な声に、私は顔を上げた。
今、転んだりするわけにはいかないのだ。
私は下ろしていたほうの右手で、目立つようになってきたお腹に触れた。
このなかに、いのちが息づいている。
京で、大坂で、江戸で、会津で、函館で。
私の目の前で、或いは見えない処で、喪(うしな)うばかりだった命が。
「……」
両足に力を入れてしっかり立つと、ゆっくり、腕の枷が外された。
大丈夫ですという代わりに五郎さんを見上げて視線を合わせる。
彼は微笑む代わりに頷いた。
「おまえが守らなくてどうする」
その言葉に、私も頷きかえす。
そう、私が守る。
この小さな命を。
喪った命は取り戻せないけれど、今度は新しい命を。
──だから生まれてきてほしい。
今度は私が守るから。
「……守ってみせますから」
ほんの少しでも決意のカタチを損なわないように、私はそっと呟く。
五郎さんは優しく私の頬を撫でると、朝餉の膳の前に腰を下ろした。

そうそう、お味噌汁を用意しなくちゃ。
私は慎重に土間に下り、竈(かまど)に置いた鍋からお味噌汁をよそった。
お盆の上にほかほかと湯気の立つお椀を二つ並べて振り返ると、湯気の揺らめきの向こうに五郎さんの背中が見えた。いつも静かな彼の背中。新選組にいた頃からぜんぜん変わらない。
平助君が、永倉さんが、原田さんがいくら騒いでも。沖田さんが騒ぎを大きくしても。彼の背中はびくともしなかった。反応するのは、堪忍袋の緒が切れた土方さんが一喝する時くらいで。
ああ、みんなの声が聞こえるような気がする。
「──五郎さん」
聞こえませんか、五郎さん。
黙って続きを待つ彼の背中に向かって、私は言葉を継いだ。
「私、男の子がほしいです。……ひとりじゃなくて、もっと、たくさん」
「……」
返答はなかったけれど。
ぴくりと、彼の背中が動いたのは気のせいではないはず。
黒い髪の間から端っこを覗かせた耳が、赤く染まったのがわかったから。
私は堪(こら)えようもなく笑みを浮かべ、でも素知らぬふりで彼の膳に椀を置いた。
湯気を避けるように逸らされた彼の頬は、やはり少し赤くなっていた。

──聞こえますか、みなさん。

今日から彼は、この東の京を守る仕事に就くのです。
だから安心して生まれてきてください。

彼と私が、あなたたちを守りますから──。



終幕

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