期間限定薄桜鬼ブログ
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息が切れるほどの勢いで自分の部屋まで走ってきて、
──敷居に躓いて転んでしまった。
沖田さんの隊服を右手で握り締めたまま。
したたかに打ち付けた膝と肘が痛い。
「っー……」
痛かったおかげで、からかわれた衝撃はだいぶ収まったけれど。
「……」
畳の上に情けなく伸びたまま、私は溜息をついた。
早くここから出て行けと言われたのに、それは二の次だと言わんばかりの反論をしてしまった。
自分で通そうと決めた気持ちに嘘はない。もう迷わない。でも。
「……嫌われた、よね……」
勝手にしろとは言ってくれたけど。
無意味にしか思えない悪戯を思い出してもう一度、大きな溜息をついた。
頬を乗せた畳が冷たい。
と、ふと。
「──!」
冷たかったからじゃなくて、私はそれに気づいてしまって慌てて身を起こした。
──握り締めた隊服からは、さっき間近で感じた沖田さんの匂いがした。
*
ちょっと自分を落ち着かせてから沖田さんの部屋に戻ってみると、そこにはもう箒も桶も無くて綺麗に片付けられていた。行灯の明かりにぼんやり揺れる室内には沖田さんの姿もない。
「……どうしよう」
私が逃げたせいで沖田さんを煩わせてしまった。
私の仕事だったのに。
出来ることは何でもしたいなんて啖呵を切っておきながら、その直後にこんなことでは……沖田さんに嗤われても仕方ない。
自分が不甲斐なくて悔しくて、唇をかみ締める。
どうしよう、少し泣きそう。
……でも泣いたって、それこそ仕方ない。覆水盆に返らずって言うもの。どうしよう、じゃなくてどうするかを考えなきゃ。
「──うん、そうしよう」
「何を?」
「!!」
独りごちて頷いたら、突然すぐ後ろから声がした。
廊下の掛け行灯の傍で沖田さんがにっこり笑っていた。
気配もなく至近距離まで近づかれると、し、心臓に悪いです。……と、暢気(のんき)に驚いている場合じゃない。
「すみません、沖田さん!」
「何が?」
真剣に頭を下げる私をにこにこ見おろす沖田さんは……絶対、分かって言っている。ああ、穴があったら入りたい。
「箒と桶を片付けさせてしまって……」
「ああ、あれ。そういえば最近、桶の水を流すことが多いなあ」
「う……」
それはきっと、私の手拭いを洗ってくれた時のことだ。ますます私は小さくなってしまう。
「すみません……」
俯いて袖の裾を掴む。なんかもう、いたたまれない。
すると、頭の上でくすくすと沖田さんの笑い声がした。
「いいんだよ、さっきは僕も悪かったんだから」
「でも……」
顔を上げると、予想より近くに沖田さんの目があった。少し色の薄い瞳に行灯の光が射し込んで、複雑な紋様を浮かび上がらせている。
「ひとりでなにかしようとするのは、君の性分なのかな」
「え……」
何が言いたいのか分からない。彼の瞳の色ひとつ捉えきれないのに彼の心を読もうなんて無理な話で、私は返答できずにうろたえるしかなかった。
「悪いとは言わないけど、それが本当に君がひとりでやらなきゃいけないことかどうか、ちゃんと考えるんだよ」
そっと細められた目がゆっくりと瞬いて、瞳に睫毛がかかった。優しげにも見えるけれど、彼は微笑みながら剣を抜く人だから真意は分からない。
そしてやっぱり、告げられた言葉は容赦がなかった……ように思うんだけど。
この場合、箒と桶の片付けは、「本当に私がひとりでやらなきゃいけないこと」ではなかった、って言われているのだろうか。
他には思いつかない。
だったら今、私は責められているわけじゃなくて……。
気にしなくていいんだ、と、言われている……?
「──はい」
私は言われたことを噛みしめるように頷いた。本当に、私がひとりで。そんなことが在ればいいと……漠然とそれを少し怖い、とも同時に思いながら。
でも今は。
「片付けてくださって、ありがとうございました」
そう、お礼を言わなければ。
私の仕事を手伝ってくれたこの人は、私を責めているのではないのだから。
すると沖田さんは、にこりと微笑んだ。
「どういたしまして。じゃあそろそろ食事の時間だし、広間に行こうか。早く行かないと新八さんたちに全部食べられちゃうからね」
その光景は易々と想像できてしまう。つい、くすりと笑ってしまった。
「でも、いつも待っててくれますよね」
「ご法度だからね。他人の膳に手を出すまじきこと。もちろん破ったら切腹」
「──本当ですか!?」
「あははは、本当だったら新八さんや平助君はとっくに斬られてるよ」
……もう、この人は……!
でも、促されて広間へと歩き出しながら、ちょっと考えてしまう。
こうして冗談も言ってくれるっていうことは、そんなに嫌われたわけでは……ないのかな。もともとあまり好かれているとも思わないけど、それ以上に嫌われてしまうのは辛いなと思っていたんだけど。
顔を合わせれば斬ると脅されてばかりだった頃のことを考えれば……ほんの少しくらいは、私がここに居ることを認めてくれたのかな。
「千鶴ちゃん」
物思いにふけっていると、沖田さんに肩を突つかれた。
「ところで僕の隊服は?」
──あ、そうでした。
「すみません。少し皺が寄ってしまったので、一晩衣桁(いこう)に掛けて皺を伸ばしてからお返しします。それで駄目だったら、軽く火熨斗(ひのし)を掛けてもいいですか?」
「いいけど……そんなに気を遣わなくてもいいのに」
「いえ。そうさせてください」
だって、大切な、新選組の隊服だから。これは心の中だけで呟く。
私の返答に、沖田さんは「ふーん」と相槌を打つとにやりと笑った。
「じゃあ僕の隊服は、ひとばん、君と一緒なんだね」
「な……!」
笑みにも声にも含みがありすぎる。特に「一晩」をそんなに強調しなくても……!
「寂しかったら僕の隊服と一緒に寝てもいいよ」
「い、今更寂しくなったりしません!」
「寒かったら着て寝てもいいから」
「もう三月ですからそんなに寒くありません!」
私は眼前の広間の入口に駆け寄ると、勢いよく襖を開いて中へ飛び込んだ。襖の立てる乾いた音に幹部の皆さんが驚いて振り返る。でも、続いて忍び笑いが止まらない沖田さんが入ってくると誰もが事情を察してくれたようで、私に向けられていた眼差しが同情的なものに変わった。原田さんが手招いてくれて、私は一も二もなくそちらへ駆け寄った。
ああもう、本当に。
どう接したらいいのかまったく分かりません……。
息が切れるほどの勢いで自分の部屋まで走ってきて、
──敷居に躓いて転んでしまった。
沖田さんの隊服を右手で握り締めたまま。
したたかに打ち付けた膝と肘が痛い。
「っー……」
痛かったおかげで、からかわれた衝撃はだいぶ収まったけれど。
「……」
畳の上に情けなく伸びたまま、私は溜息をついた。
早くここから出て行けと言われたのに、それは二の次だと言わんばかりの反論をしてしまった。
自分で通そうと決めた気持ちに嘘はない。もう迷わない。でも。
「……嫌われた、よね……」
勝手にしろとは言ってくれたけど。
無意味にしか思えない悪戯を思い出してもう一度、大きな溜息をついた。
頬を乗せた畳が冷たい。
と、ふと。
「──!」
冷たかったからじゃなくて、私はそれに気づいてしまって慌てて身を起こした。
──握り締めた隊服からは、さっき間近で感じた沖田さんの匂いがした。
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ちょっと自分を落ち着かせてから沖田さんの部屋に戻ってみると、そこにはもう箒も桶も無くて綺麗に片付けられていた。行灯の明かりにぼんやり揺れる室内には沖田さんの姿もない。
「……どうしよう」
私が逃げたせいで沖田さんを煩わせてしまった。
私の仕事だったのに。
出来ることは何でもしたいなんて啖呵を切っておきながら、その直後にこんなことでは……沖田さんに嗤われても仕方ない。
自分が不甲斐なくて悔しくて、唇をかみ締める。
どうしよう、少し泣きそう。
……でも泣いたって、それこそ仕方ない。覆水盆に返らずって言うもの。どうしよう、じゃなくてどうするかを考えなきゃ。
「──うん、そうしよう」
「何を?」
「!!」
独りごちて頷いたら、突然すぐ後ろから声がした。
廊下の掛け行灯の傍で沖田さんがにっこり笑っていた。
気配もなく至近距離まで近づかれると、し、心臓に悪いです。……と、暢気(のんき)に驚いている場合じゃない。
「すみません、沖田さん!」
「何が?」
真剣に頭を下げる私をにこにこ見おろす沖田さんは……絶対、分かって言っている。ああ、穴があったら入りたい。
「箒と桶を片付けさせてしまって……」
「ああ、あれ。そういえば最近、桶の水を流すことが多いなあ」
「う……」
それはきっと、私の手拭いを洗ってくれた時のことだ。ますます私は小さくなってしまう。
「すみません……」
俯いて袖の裾を掴む。なんかもう、いたたまれない。
すると、頭の上でくすくすと沖田さんの笑い声がした。
「いいんだよ、さっきは僕も悪かったんだから」
「でも……」
顔を上げると、予想より近くに沖田さんの目があった。少し色の薄い瞳に行灯の光が射し込んで、複雑な紋様を浮かび上がらせている。
「ひとりでなにかしようとするのは、君の性分なのかな」
「え……」
何が言いたいのか分からない。彼の瞳の色ひとつ捉えきれないのに彼の心を読もうなんて無理な話で、私は返答できずにうろたえるしかなかった。
「悪いとは言わないけど、それが本当に君がひとりでやらなきゃいけないことかどうか、ちゃんと考えるんだよ」
そっと細められた目がゆっくりと瞬いて、瞳に睫毛がかかった。優しげにも見えるけれど、彼は微笑みながら剣を抜く人だから真意は分からない。
そしてやっぱり、告げられた言葉は容赦がなかった……ように思うんだけど。
この場合、箒と桶の片付けは、「本当に私がひとりでやらなきゃいけないこと」ではなかった、って言われているのだろうか。
他には思いつかない。
だったら今、私は責められているわけじゃなくて……。
気にしなくていいんだ、と、言われている……?
「──はい」
私は言われたことを噛みしめるように頷いた。本当に、私がひとりで。そんなことが在ればいいと……漠然とそれを少し怖い、とも同時に思いながら。
でも今は。
「片付けてくださって、ありがとうございました」
そう、お礼を言わなければ。
私の仕事を手伝ってくれたこの人は、私を責めているのではないのだから。
すると沖田さんは、にこりと微笑んだ。
「どういたしまして。じゃあそろそろ食事の時間だし、広間に行こうか。早く行かないと新八さんたちに全部食べられちゃうからね」
その光景は易々と想像できてしまう。つい、くすりと笑ってしまった。
「でも、いつも待っててくれますよね」
「ご法度だからね。他人の膳に手を出すまじきこと。もちろん破ったら切腹」
「──本当ですか!?」
「あははは、本当だったら新八さんや平助君はとっくに斬られてるよ」
……もう、この人は……!
でも、促されて広間へと歩き出しながら、ちょっと考えてしまう。
こうして冗談も言ってくれるっていうことは、そんなに嫌われたわけでは……ないのかな。もともとあまり好かれているとも思わないけど、それ以上に嫌われてしまうのは辛いなと思っていたんだけど。
顔を合わせれば斬ると脅されてばかりだった頃のことを考えれば……ほんの少しくらいは、私がここに居ることを認めてくれたのかな。
「千鶴ちゃん」
物思いにふけっていると、沖田さんに肩を突つかれた。
「ところで僕の隊服は?」
──あ、そうでした。
「すみません。少し皺が寄ってしまったので、一晩衣桁(いこう)に掛けて皺を伸ばしてからお返しします。それで駄目だったら、軽く火熨斗(ひのし)を掛けてもいいですか?」
「いいけど……そんなに気を遣わなくてもいいのに」
「いえ。そうさせてください」
だって、大切な、新選組の隊服だから。これは心の中だけで呟く。
私の返答に、沖田さんは「ふーん」と相槌を打つとにやりと笑った。
「じゃあ僕の隊服は、ひとばん、君と一緒なんだね」
「な……!」
笑みにも声にも含みがありすぎる。特に「一晩」をそんなに強調しなくても……!
「寂しかったら僕の隊服と一緒に寝てもいいよ」
「い、今更寂しくなったりしません!」
「寒かったら着て寝てもいいから」
「もう三月ですからそんなに寒くありません!」
私は眼前の広間の入口に駆け寄ると、勢いよく襖を開いて中へ飛び込んだ。襖の立てる乾いた音に幹部の皆さんが驚いて振り返る。でも、続いて忍び笑いが止まらない沖田さんが入ってくると誰もが事情を察してくれたようで、私に向けられていた眼差しが同情的なものに変わった。原田さんが手招いてくれて、私は一も二もなくそちらへ駆け寄った。
ああもう、本当に。
どう接したらいいのかまったく分かりません……。
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