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期間限定薄桜鬼ブログ
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飯釜に残る米粒が気になったらしい永倉が杓文字で釜底をさらい始めたのを見て付き合いきれぬと判じたのか、広間に永倉と原田を残して斎藤が廊下に出ると、台所から戻ってきたらしい千鶴と行き会った。
千鶴は斎藤を認めるとはっと立ちすくんだ。斎藤は怪訝な面持ちになる。
多少畏怖している節のある土方や、彼女をからかって遊ぶことの多い沖田はともかく、斎藤と屯所で行き会っても彼女が顕著な反応を示したことはない。いつもなら笑顔を浮かべて会釈する──落ち込んでいても会釈してすれ違うのが常だった。
「斎藤さん……」
泣くのを堪えるような声で、千鶴は斎藤を呼び止めた。
斎藤は合点がいったように千鶴を見た。千鶴が常ならぬ様子なのは、常ならぬ話を斎藤にしようとしているからと察したのだろう。
広間に続く襖を閉めて、斎藤はなかなか続かない千鶴の話の先を待った。
二呼吸、三呼吸ほど置いて、ようやく千鶴はおずおずと口を開いた。
「あの……初めてお会いした夜、薬で狂ってしまった隊士さんがいましたよね……三人」
「ああ」
その事実に対する斎藤の返答に逡巡はなかった。隊士が三人、薬で狂い、彼が斬り伏せた。厳然たる事実だった。
だが、続いた千鶴の問いに対して、斎藤の返答は僅かに遅れた。
「あの隊士さんたちの……お墓って、どこでしょうか」
「……隣の壬生寺だ。ついてこい」
踵を返した斎藤の背には、もう何かを読み取れるような気配は微塵もなかった。
「…っ、はいっ……」
元より自分の懸念で精一杯らしい千鶴には彼の微かな揺らぎなど察する余地もなかったのだろう。彼女は何の疑問も浮かべずただ憔悴の色を乗せた表情のままぎこちなくうなずくと、小走りに彼の後を追った。

壬生寺は新選組屯所となっている八木邸に隣接する古刹である。境内では新選組が訓練をすることもあり、千鶴も足を踏み入れたことがないわけではない。だが、広い境内を横切って寺を抜け、墓地に入るのは初めてであった。
広い墓地の片隅に、名も刻まれぬ小さな石碑があった。
斎藤はその前で足を止めた。
複数の者を祀っているはずの石碑は、だが一つだけだった。冷たい雪を薄く被った小さな石。この中に、志と希望を胸に東国から京まで昇ってきた者たちが、隠されるように埋められている。
人ならぬモノとなり、血に狂い徒(いたずら)に人を殺めたその果てに。
斎藤が千鶴の為に場所を空けると、彼女はくずおれるようにその前に膝をついた。ざり、と墓地に敷かれた砂利が音を立てた。砂利の隙間に残っていた雪が溶けて彼女の袴に染みを作った。
震える彼女の手が祈りの形に合わされる。
震える目蓋が閉じられる。
その震えが寒さからくるものでないことは、誰の目にも瞭然であった。

「……おまえが気に病むことではない」
暫くして、祈る千鶴の背後で斎藤がぽつりと呟いた。
「薬の使用に踏み切ったのは新選組であり、彼ら隊士たち自身だ。おまえに関りはない」
斎藤は淡々と事実を、多少の気遣いをもって述べたのだろう。
だがこの言葉に、それまで呼吸の音すら判然とせぬほど静かに祈っていた千鶴が、しゃくりあげるように息を呑んだ。
「──そう、かもしれません……」
ゆっくりと。
千鶴は両手を膝につき、背後の斎藤を振り仰いだ。
曇天の鈍い光が彼女の顔に影を掃く。
「私は、部外者、ですから」
一言ずつ、言葉を噛み切るようにそう言った千鶴の顔が歪んだ。
涙を流すのかと思われたその顔は、笑顔のつもりのようであった。
斎藤は眉をひそめた。
らしくない。そう思ったのかも知れない。
千鶴は攣(ひきつ)る口端を笑みの形に引きあげて言葉を続けた。
「でも、もう少しここで考えていても、いいですか。他にはどこにも行きません。まっすぐ屯所に帰ります」
「……あまり遅くなるな」
斎藤はそれだけを告げた。
千鶴は深く頭を下げた。
目に涙はなかった。


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